s i t e s a w a d a n

超不定期日記
LAで書いたり香港で書いたりしてます。

2002年

7月14日
メーリングリストでとても良い話が回ってきた。
某スポーツ新聞の記者さんが書かれたもの。
サッカーのデンマーク代表に関しての記事でhttp://www8.ocn.ne.jp/~satuki/の7月10日のところに載っている文章だが、作者さんが「ご自由に」とおっしゃっているので、部分的に転載させて戴く。
しっかり泣いてもた。
がんばれ、少年!
惚れたぞ、トマソン!

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トマソン、彼の優しき一面をもう一つ語りたい
それはある握手会でのことである
デンマークというチームは前述したように練習を公開し、和歌山県民との交流を積極的に行った
練習後は地元サッカー少年たちとミニサッカーを行い握手会、サイン会もたびたび行った
そのひとコマの話である
あの日も、いつものごとくサイン会が行われた
気さくなデンマークの選手たちを県民も大好きになった
あの日もデンマーク選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていた気軽にサインをするデンマーク選手たち
もちろんトマソンもその中にいた
その最中のことである。
トマソンの前にある少年が立った
彼はトマソンの前に立ちつつも・・・少しモジモジしていた
後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す
「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた
トマソンも少し「変だな」と思ったのでしょう
通訳を通じ「どうしたの?」と彼に聞いた
意を決した少年はポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡した
それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという
英語で書いた、その紙切れにはこう書いてあった
「ボクは小さいころに、病気にかかって
口と耳が不自由です・・・耳は聞こえません、話せません・・・
だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです
デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです
頑張ってください」と・・・
その手紙に通訳も・・・その場にいた我々記者も驚いた
言葉が出なかった・・・
だが、トマソン選手はニッコリと微笑み少年に・・・
「それなら君は手話はできますか?」と・・・
手話で語りかけた
その『言葉』に驚く少年と母親
再度聞くトマソン・・・
「手話はわかりませんか?」と・・・
それを見ていた皐月パパはトマソンに英語で言った
「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と彼に言った
手話を万国共通と思う人が多いのだが
国によって違う、ましてや日本国内でも地方によって違う
「そうだったのか・・・」という顔をしたトマソン
そして彼は通訳にこう言った
「ボクは彼と紙で、文字を通して話をしたいのですが手伝ってください」と言った
微笑んで「わかりました」と答える通訳
トマソンは「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクにくださいと言っておいてください」とも言った
後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった・・・一言も文句を言わなかった・・・
彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう
そして通訳を介し、少年とトマソンの『会話』が始まった

「君はサッカーが好きですか?」
「はい。大好きです」
「そうですか。デンマークを応援してくださいね」
「はい。あの聞いていいですか」
「いいですよ。何でも聞いてください」
「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました」
この少年の質問に彼は答える
「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます
その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と・・・
その彼の言葉をじっくりと読む少年
そしてトマソンは少年に言った
「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが
君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています
君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」
この言葉に黙ってうなずく少年
「わかっているなら、オーケー! 誰にも辛いことはあります。
君にもボクにもそして君のお母さんにも辛いことはあるのです
それを乗り越える勇気を持ってください」とトマソンは言った

このやり取りに涙が止まらない母親
この光景を見ていた我々記者も涙した
その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した
そして、トマソンは最後に少年にこう言った
「ボクは今大会で1点は必ず獲ります
その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるようにボクは祈っておきます」

この言葉に・・・この少年は初めて笑顔を浮かべた
「はい!応援しますから、頑張ってください」と少年は言った
そして、サインをもらい、その場をあとにする少年と母親
ボクの取材に母親は目に涙を浮かべて言った
「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ
日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ」と
涙を流し、笑いながら言った・・・・

そして、このトマソン・・・少年との約束を守り、得点を決めた
1点どころか、彼は4得点という大活躍だった
こんなトマソン、デンマークを見た皐月パパもいっぺんにファンになってしまった^^;

1次リーグ、フランスという前回覇者と同組だったデンマーク
彼らをボクは応援した・・・
もちろん和歌山県民も応援に訪れた
試合が韓国であろうとも彼ら和歌山県民は応援に駆けつけた
オルセン監督は言った
「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援はわかった
あれが我々の力になった」と・・・

和歌山県民の応援も実ったのであろう
フランスと同組のA組みながらデンマークは2勝1分け
見事1位通過を決めたのである
そして、向かえた決勝トーナメント1回戦
場所は新潟スタジアム、相手はあのイングランドであった
スタンドからは「ベッカム!!!!」という声が至るところから響いていた
その声に皐月パパは叫ぶ
「ダニッシュ・ダイナマイトで・・・にわかイングランドファンを黙らせろ!」
「ベッカムがなんぼのもんじゃ!頼むぞ!デンマーク」と叫んでいた^^;
だが・・・この応援も届かなかった
和歌山県民の想いも通じなかった
デンマークはイングランドに0−3という予想外のスコアで敗れてしまった
その日の和歌山県には雨が降ったという
県民の涙雨だったのかもしれない・・・・

負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていた
「よく頑張った!」「後は快く母国に帰ってもらおう!」という言葉が彼らの合言葉になった・・・
だから、彼らは行なった
デンマークお疲れさま!会なるものが宿泊先のホテルによって仕切られた
そこに駆けつける多数の県民
会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた

その催しに「ありがたいことだ」と言ったオルセン監督
もちろん選手たちも全員出席した。あのトマソンもその場にいた
そこでトマソンは見つけた・・・『あの少年』を見つけた
少年と母親もその会に出席していた
少年と母親の元に、通訳を携え近寄るトマソン
トマソンの姿に気づいた母親は頭を下げる
少年はトマソンへ笑顔を向ける
そして、トマソンは少年にこう語りかけた
「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と『紙』で語りかけた
これに少年は答える
「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです
それに約束どおり点獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と・・・・
「ありがとう」と言うトマソン
そして、この少年にトマソンは言った
「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いてください」
「はい」
「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている
それは神様が決めたことであり、今からは変えられない
ボクが言いたいことわかりますか?」
「はい」
「神様は君に試練を与えたけど、君にも
必ずゴールを決めるチャンスを神様はくれるはずです・・・
そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください」とトマソンは言った
この言葉に少年は笑顔満面の顔でトマソンに「はい」と言った
そして2人は・・・
「さようなら」
「頑張って」
という言葉を残し彼らは別れを告げた

最後に2人は仲良く写真におさまった
飛びっきりの笑顔を浮かべファインダーにおさまる2人
この写真は少年の宝物になることだろう
トマソンに出会ったことによって少年は『前へ進む』に違いない・・・
彼の転機になることを皐月パパは祈ってやまない

小さな少年、心優しきトマソンに
これからも栄光あれ。。。

6月30日
一人でサンタモニカからマリブにかけての海沿いの道をドライブした。
私の中では 「俺の海ドライブ」 と呼んでいる。
サンルーフを開き、カーステレオで「海 その愛(*)」を1曲リピートで流し、「海よぉ〜、俺の海よぉ〜」と絶唱しながら眼下に海を眺めつつ走るのである。
かなり気持ちがいい。
いい気分で走っていたら、「フェラーリ友の会」みたいな一団とすれ違った。
あっけに取られて正確に数えてはいないが、新旧のフェラーリばかり30台から50台くらいの集団だった。
こっちではハーレーばっかり300台とかクラシックカーばっかり50台とかって集団にはよく遭遇するのだが、フェラーリばっかりってのは初めて。
猛烈に壮観。
音も強烈。
いやぁー、いいもん見た。

(*)ここでの「海 その愛」とは、「加山雄三トリビュート / 60 CANDLES」というアルバムに収められている、徳永英明によるカバー。
徳永氏は嫌いだったが、この曲のアレンジは死ぬ程好き。 超お気に入り。
5月28日

学生時代のお友達から8年ぶりにメールが来た。
気になっていながらも音信不通になっていた友達なので、モーレツに嬉しい。
Yahoo で sawadan で検索して、このサイトの存在を知ったとのこと。
Website を運営しているとたまに、こーいった嬉しいことが起きる。
「ネットサーフィンしていたら偶然懐かしい名前を見つけたのでメールしてます」 や、「アイツと話してたら sawadan は Website 持ってるって聞いたので、10年ぶりに連絡してみたよ」 なんてこともたまにある。
初めての人から 「面白いよぉ」 ってメールを貰うのも勿論すんごく嬉しいが、こーゆーこともまた Website を書く者にとっての大いなる喜びの一つなのよねん。

5月某日

8年ぶりにドイツに来た。
ハノーヴァー、マインツ、ハイデルベルクなどで、荘厳で立派なカトリック教会を見る機会が何度かあった。
みな建物自体が芸術品であり、文化遺産として素晴らしいものであることを再認識した。
後世まで残すべきものであると思う。
しかしながら、これらの教会が建てられた頃のことを思うと暗澹たる気持ちになる。
キリスト教に関しての知識は歴史の教科書に載っている程度しか持っていなかった8年前に比べ、今は聖書も読むようになりキリスト教の教えについても分かり始めてきているだけに、この気持ちは以前よりハッキリとした重さを持って私に迫る。

教会とは当然のことながら、人々にキリスト教の福音を授けるところであり、人々に幸せを与えるための場所である。
だが、立派な教会の建物や、その中の恐ろしく豪奢な彫刻などを眺めるにつけ、それらの教会が人々の為のものではなく、教会の為のものであったのだとい言う確信を強くする。
人々の暮らしが決して豊かではなく、毎日の食べ物にさえ不自由をすることの多かった時代に、これだけ豪華な建造物や彫刻などを作るために、教会が人々に強いてきた負担はどれ程のものだったのだろうか。
そして、贅沢を慎んでその建造費を節約し、人々に食べ物や衣服を買い与えたらどれだけの人々が救われただろうか。
教会には代々のエラい司教様達の像がきらびやかに飾られていることが多い。
贅を尽くした立派な彫像達である。
その司教様達は自分の銅像を作るための大金を、苦しい生活をしている人々の為に使おうとしなかったのだろう。
教会の権威主義と金儲けへの欲に反発してプロテスタントが発生したのにもうなずけてしまう。
この気持ちは、某慈善募金団体のエラいさんが飛行機のファーストクラスに乗っていると聞いた時の激しい憤りに似ている。

5月某日
某日系航空会社の元スチュワーデスさんから聞いた話。

『フライト中の機内でずっと泣いている小さな子供が居ました。 その子供の近くに座っていたお客が、フライト中ずっとスチュワーデスに「なぜ静かにさせないのだ!」と文句を言っていました。 目的地に着いてもなお怒りの収まらない客は、その担当スチュワーデスに土下座をして謝るよう求めました。 そして、そのスチュワーデスは土下座をしてしまいました。 日系の航空会社相手だと 「ゴネ得」 ってところがありますからね。』

親が泣き止ますことの出来ない子供に対して、スチュワーデスに出来ることは限られている。
勿論、土下座などするべきではないし、愚かで醜悪なのはこの客である。
飛行機に乗ると急にエラクなってしまう人種が居る。
そういった人々は客として要求していい範囲を見失い、勝手に「お客様は神様」状態になってしまう。
仕事柄飛行機には頻繁に乗るが、こういった愚かで尊大な乗客を見ることがたまにある。
サービスを受ける側としての節度を守れない乗客はとても醜い。
忙しさのためか、フライトアテンダントに忘れられたり無視されたりすることもたまにはあるし、嫌々サービスをされているように感じることもある。
客の立場として、良いサービスの為に主張すべきところはすべきだ。
しかしながら、サービスをする側の人間の立場や気持ちを考えず、ただ我侭をぶつけるのはダダッ子のすることだ。
この土下座を要求したお客に対しての正しい回答は、「貴方のように自己中心的に過ぎるお客様は他のお客様にも迷惑です。 お願いですので、弊社の飛行機には一生乗らないで下さい。」 である。
こんな台詞をズバッと言っちゃうスチュワーデスさんが居たら、その場で大きな拍手を送っちゃうもんね。

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